非加熱検査を依頼したのに、「通常-加熱」?
ソーティングの「通常-加熱」という表記には、検査の有無によって異なる意味があります。
今回は、非加熱検査を依頼したサファイアの返却時に感じた疑問をきっかけに、その背景や見極め方をまとめました。
いつもと同じように、日独宝石研究所にサファイアのソーティング(※)を依頼しました。
※ソーティング:簡易的な鑑別・仕分けを行うサービス
石の受領確認と返却予定日の連絡までは、これまで通りのやりとりでした。
ところがその数日後、日独の方からもう一度電話がありました。
「この石は、非加熱の可能性が高いのですが、追加検査を行いますか?」
これまでにも「必要があれば追加検査をお願いします」とメモを添えて依頼してきましたが、電話で確認が来たのは今回が初めて。丁寧に確認してくださったことが印象に残っています。
非加熱検査をお願いし、数日後に石が戻ってきました。
石には検査済みのシールが貼られていましたが、ラベルには「通常-加熱」と書かれていました。
「非加熱検査をしてもらったはずなのに、どうして『通常-加熱』って書かれているんだろう?」
最初はそう戸惑いましたが、それ以上に、自分が「通常-加熱」という表記をよく理解していなかったことに気づきました。
「通常-加熱」表記の本当の意味
これまでにも「通常-加熱」と書かれたソーティングはいくつかありました。でも、それが「加熱された石」だという意味なのか、それとも「非加熱の可能性があるけれど検査はしていない」という意味なのか、ずっとあいまいなままでした。
今回のように「非加熱の可能性が高い」と事前に言われていた石が「通常-加熱」と記載されて戻ってきたことで、余計に混乱が深まりました。
ソーティングの結果を見て最初に電話で問い合わせた際には、丁寧に対応していただいたものの、あとになってもやもやが残っていました。
あらためてお問い合わせフォームから補足の質問を送ったところ、再びお電話をいただき、より詳しく説明してくださいました。
通常は文面で返信されることも多い中、こうして改めてご連絡いただけたことがありがたく、印象に残っています。
そのときのお話は、次のような内容でした:
■「通常-加熱」表記の意味の違い
検査の有無:非加熱検査なし(通常の色石ソーティング)
表記の意味:非加熱の可能性は高いが、未検査のため断定はできない
備考:実際には8〜9割が非加熱のことが多いが、証明はできない
検査の有無:非加熱検査あり(検査済みシールあり)
表記の意味:非加熱と断定して問題ない
備考:加熱の痕跡がないことを検査で確認済み
このように、「通常-加熱」という表記は、検査をしたかどうかによって意味が大きく変わってくるのです。
今後この表記に出会ったときも、検査の有無を確認することで判断しやすくなると思います。
実際に仕入れた石について
この石は、新しく取引を始めた業者さんから仕入れたもので、仕入れ時点で「非加熱」と明記されていました。
ただ、仕入れを決めたときには、「たとえ加熱だったとしても、この透明感のある柔らかなピンクとブルーなら十分」と思っていました。
実際に検査を依頼してみたところ、非加熱であることが確認され、「この色で非加熱だったなんて、仕入れて本当によかった」と思える石でした。
この結果を受けて、この業者さんの信頼度がぐっと上がりましたし、今後の仕入れも前向きに検討しています。
非加熱かどうかは、どうやって判断される?
非加熱サファイアかどうかを判断するには、加熱の痕跡があるかどうかを石の内部から見極める必要があります。
ここでは、検査機関で一般的に行われている検査方法を簡単にご紹介します。
■ インクルージョンの観察 - 石の内部に残る“天然の指紋”を観察する
まず行われるのが、顕微鏡によるインクルージョン(内包物)の観察です。
サファイアには、成長の過程で入り込んだ針状のルチル(シルク)や、液体・ガスの微細な泡のようなインクルージョンが含まれていることがあります。
これらは熱に弱いため、加熱されると溶けたり、破裂したりして形が変わってしまいます。
- シルク状のルチルがくっきり残っていれば、非加熱の可能性が高い
- 液体インクルージョンが破裂した跡(円盤状のクラック)があれば、加熱された可能性が高い
こうした特徴があるかどうかが、重要な判断材料になります。
■ FT-IR(赤外分光分析) - 赤外線で“太古の水”の痕跡を探す
インクルージョンだけでは判断が難しい場合、赤外線を使って石の内部成分を分析する「FT-IR(フーリエ変換赤外分光分析)」が用いられます。
これは、石に特殊な光を当てて、水酸基(水の成分)が含まれているかを確認する方法で、宝石の健康診断のようなものともいえます。
自然のままのサファイアには水酸基が微量に残っていることがあり、これが検出されると非加熱の可能性が高まります。
ただし、産地や鉱物の個体差により、加熱しても成分が残る場合もあるため、他の検査とあわせて総合的に判断されます。
■ LA-ICP-MS分析 - 最新機器で“見えない加工”を見破る
加熱処理の中には、ベリリウムを高温で拡散させて色を変える「ベリリウム拡散処理」と呼ばれる特殊なものもあります。
これを検出するために使われるのが、LA-ICP-MS(レーザーアブレーションICP質量分析)という非常に高感度な分析法です。
今回の石に対してこの検査が行われたかどうかは不明ですが、Rara Labでも過去にこの検査を依頼したことがあります。
その結果、処理あり・なしが分かれた事例については、以下の記事で紹介しています:
👉 ベリリウム拡散処理の有無が分かれた例(オレンジ・サファイア)
Rara Labの「加熱・非加熱」表記について
今回の経験から、Rara Labでは、「非加熱」の表記において、以下のような方針を定めました。
■ 「非加熱」と記載する場合
検査機関で非加熱検査を実施し、非加熱と判断された場合のみ、「非加熱」と明記します。
たとえば、今回のように日独宝石研究所で検査を行い、加熱の痕跡がないと確認されたケースです。
検査には費用がかかりますが、それに見合うだけの価値があると考えています。
検査によって非加熱と証明されたという確かな根拠があることで、ようやく安心して販売に踏み切れます。
■ 「加熱」と記載する場合
検査を行っていない場合は、仕入れ先で「非加熱」と言われていても、すべて「加熱」として扱います。
たとえ非加熱の可能性が高くても、検査という明確な根拠がなければ、非加熱とは記載しません。
これが、Rara Labとしての基本方針です。
正直なところ、自分が石を買う立場だったら、「ほんとに非加熱なのかな…?」と不安になるし、売る立場になっても、「自信を持ってそう言いきって大丈夫かな」と気になってしまうところがあります。
「たぶん非加熱だろう」という状態では、どこか落ち着かないんですよね。
だから、検査で非加熱が確認できたものだけを「非加熱」として扱うことにします。
…まあ結局のところ、自分自身が安心したいから、というのが大きいのかもしれません。
購入者としての自分も、販売者としての自分も、どちらも納得できる状態にしておきたいなと思って、そのためにこういうやり方を選んでいる、という感じです。
それが結果的に、石を手に取ってくださる方の安心にもつながっていたら、すごくうれしいです。
Rara Labでは、必要に応じて非加熱検査を行い、検査結果をもとに記載していきます。
今回は、非加熱検査を実施し、加熱されていないことが確認できた2石をご紹介します。
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非加熱ピンク・サファイア 0.318ct “Square Step Barion V3”
淡いパープルを含んだやわらかなピンクが印象的な1石。透明感を活かすために角度を細かく調整し、繊細な色合いと輝きの両立を目指して仕上げています。 -
非加熱ブルー・サファイア 0.280ct “Cushion in a Square V2”
淡く澄んだブルーが涼やかな印象を与えるルース。クッションシェイプをベースにしたカットで、小粒ながらも奥行きある表情が感じられます。
どちらも、非加熱の確かな根拠とともにお届けできるサファイアです。詳細は商品ページでご覧いただけます。


撮影機材
ただいま調整中!撮影システムがだいぶ固まってきたので、いずれ詳細をまとめてご紹介できたらな、と思っています。写真はLEDの照明の元で撮影しています。